防災訓練・研修プログラムの一つとして、劇団・自由人会[6年3組の阪神大震災]観劇を選んだ。
知的、精神、身体に障がいを持つ仲間たちとの演劇鑑賞は事業所にとって初チャレンジである。
暗いところ、音、人混みなどとてもデリケートで受け入れられない仲間が何人かいる、受付でさえ通る事を拒否する。
劇団の対応は優しかった、
団員の中には障害福祉に精通した方もおられ座席への案内も彼らに安心感を持たせて下さりとても助かりました。
本当は観たい❗けど怖い❗
非日常の劇場の雰囲気、空気は障がい者の彼らにはあまり経験ない異空間である。
客席が真っ暗になり幕が開いた、利用者の1人は乳児ルームでボクと一緒に観る。私たちスタッフにとって第一関門クリア。
生の舞台、照明に映える俳優さん、1演劇ファンとしてボクはこの絵をみんなに観てほしかった。照明がスモークに息を吹き掛け、整然と建ち並ぶ舞台セットと演者が浮かび上がる、音響効果が大切な幕開きのセリフをバックアップする。(実は最初のシーンは利用者さんのフォロー、手一杯で、振り返りも曖昧だが) 台詞に応えるように
利用者メンバーも落ち着き舞台に引き込まれていく。
お芝居のテンポもよく、6年3組の生徒そのまに見えるチームワークは、稽古の賜物やなと思いました。
特に松田先生役のグイグイって言うよりスタスタとドラマを最後まで引っ張っていく力は
完成された(役者の仕事)だと思った。
クラスのみんなの心そのままを描いた詞とメロディーは、(聴かせる)ものより(観させる)音楽として心地好く感じました。ボク的にはフォークソングの香りがして聴きやすかったな。ダンスは今風のこれ見よがしではなく、素直で、無邪気で、オチョけた小学生まんまを表現されていて、微笑ましい。老若男女、障がいの有り無しに関わらず楽しめるものに感じた、コレ?振り付け難易度高いよなと思いました。
ドラマ後半、それまで動きの少なかった舞台装置が[復興]の場に転換、街が命を吹き返し始める。(うずたかく積み上げられたガレキ)(ブルドーザー)といったナレーションにあわせて、折れた電柱は立ち上がり街の灯りが一つ一つ点り、5:46止まったままの時計に光が点灯するシーンは胸おどる絶妙の演出であった。復興が進むにつれ6年3組クラスメートが書いた(未来とか過去ってなんだろう、難しすぎてよくわからない)~(一生懸命 生きていこうと思う)
と震災後1ヶ月を振り返りやっと冷静に災害と向き合いはじめる。亡くなった(上ちゃん)への思いが(ばこちん)に書かれていく
演者の感情が高まりセリフが震えていた。
障害を持つ仲間たちは静かだった。
中には感極まり涙する男の子もいた。
ボクもその1人だった。ボクは当時を経験する被災者である。
しかし、これほどの未曾有の大災害も記憶は風化していく。
防災訓練という名目であるが
この物語を通じて
ボクは彼らに何を観せたかったのだろう、、
何を知ってほしかったのだろう。
決して風化しないもの
それは
(ヒューマニズム)だと思った。
就労継続支援B型事業所
(一社)ほのぼの・那須徹哉